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こんなとき私はどうしてきたか

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医療ライターの仕事に携わるようになってから

本を読む量が増えました。

仕事に関わる本からくだけた本まで多岐に渡って。

精神科医だった中井久夫 先生が書いた

「こんなとき私はどうしてきたか 」

こちら から内容が少し読めます。

この本は、先日遊びに行ったアメリカで、ネコ部通信 の飼い主Yさんから
薦められて読ませていただきました。

精神科医の著者が、うつ病や統合失調症などの精神疾患患者に対し、治療の際にどう接してきたか、どう声をかけてきたか

ということが実体験を踏まえて書かれています。

患者への対応、ということで書かれていますが、
患者と医者の間で行われる診断と治療は、結局、人と人とのコミュニケーション。
私達の日常における人とのコミュニケーションの場にも通ずる点が多々あります。

誰しも、心が弱っているとき、自分の気持ちをどう処理して良いのか分からないときってありますよね。
相手が悩んでいるとき、どう声をかけてあげたら良いのだろう・・・どうしたら相手の気持ちを少しでも楽にしてあげられるのだろう・・・
そういうもどかしさに駆られることってありますよね。

そんな場面のヒントになることが、きっとこの本の中にはあると思います。

とても読みやすい本です。
読書の秋に・・・是非どうぞ♪

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SAKURA-MOCHIの本棚」カテゴリの記事

コメント

とても興味をそそられて読みたいなぁーと思いました。
読んだ方の評価もみな高いですね!
医学書院なる出版社の本って、その辺の町の本屋さんでもあるのかな?
お値段にちょっと躊躇いが生じてしまいます。

投稿: ポージィ | 2007年10月 6日 (土) 18時07分

★ ポージィさん

私が買った本屋では、看護士さんの読み物コーナーに置いてありましたが、
内容は決して専門書というわけではありません。
値段は・・・ハードカバーなのでちょっと高めですが。笑

お近くでしたら・・・お貸しできるんですけどねえ。笑

この本を読むと、患者と医師の関係は、何も特別なものではなく、人と人として理解し合う関係作りが大事であることが分かります。
そういう意味で、私達にも置き換えれると思いました。

投稿: SAKURA-MOCHI | 2007年10月 8日 (月) 09時49分

私も読み終えましたー(あ、まだWTさんに送ってないや)。

心の病気とされてる人だけでなく、どんな人にも共感してもらえる内容だと思います。人との付き合い方だけでなく、自分自身との付き合い方。これってみんな「なんとなく」学習し身につけて行くものかもしれないけど、そのエッセンスを平易な言葉で教えてくれる本だなあ、目から鱗だなあと思うことがいっぱいありました。

以下、私が気に入った文章をいくつか引用しますね。

●「ハヒフヘホ」の合いの手をみがく
患者さんの語る幻聴を毎回聞いているということは大事みたいです。私は、「わかった」とも「わからん」とも言わんですよ。「なるほどなあ」「ふーん」「ふしぎだねえ」と。

話というのは合いの手で勝負ですね。たとえば「ほぉ」とか、「ふーん」とか、ハヒフヘホが多いですな(笑)。「はぁ」「はっ」とか。(中略)私は、家庭調査官の卵の研修所に行ったときに「あなた方は、あいづちをいくつもっていますか」と尋ねたことがありますが、だいたい二つか三つしか言えない。あいづちは20−30はもっていることですね。次に何を言ってやろうかと思うのではなく、おのずと出てくる「へぇ」とか「はぁ」のハヒフヘホと、「なるほど」「まあ、まあ」「ふむ、ふむ」「へぇ」「へぇーっ」とかですね。調子で気持ちを表すんです。(中略)これは大事です。


●「運」という言葉を、私はけっこう患者さんに使います。「引き潮と満ち潮のときがある」とか、「向かい風と追い風とがある」というような表現もします。「いまはまだ、向かい風のときだなあ」というようにして。

だって人生って、自分の力で切り拓いてきたように思ったりするけど、ほんとうはそうじゃない。偶然が運命を大きく決め手いるでしょう。また何の事件もないときがあったと思ったら、バタバタ肉親が亡くなったり、思いがけないことが続けて起こったりするでしょう?

まあ、だいたい追い風四年、向かい風三年といいますね。一方、人生は六年周期でもあります。(中略)六年前後の周期で考えると気が楽になりますね。そういうことをよく患者さんに話します。


●「病棟を耕す」とは
病院で患者さんのそばを通り過ぎるときにも、頭を軽く下げて挨拶するということが大事だと思います。われわれは「仕事を急いでいます」とばかりに患者さんのそばをピャーッと通り過ぎがちなのですが、あれは患者さんから見たらさぞ「自閉的」に見えるでしょうね。あるいは「おまえはカウントしない(数のうちに入っていあに)」と。

むかしある女性の精神科医(中略)に、「私は一人で200床」を受け持っているんですが、そういうときはどうしたらいいですか」と聞かれたことがありました。みなさんはどう答えますか。
 
そういうときはまず、病院の廊下を行ったり来たりして、出会う患者さんに挨拶することから始めることを勧めます。そのうちに何かが変わってきます。つまり、これは病棟を耕しているようなものだと。(中略)その方とはその後ときどき話をする機会があって、「あのアドバイスは精神的にいちばん楽だった」と言われました。


●「手当て」はエネルギーを供給する
身体管理をするということは、精神的にエネルギーを与えるものだと思います。(中略)家庭でも、「お母さん、きょう下痢してね」と子供から言われたとき、「ビオフェルミンでも飲んどき」と言うか、「どれどれ」とお腹をさわってくれるたり顔色を見てくれるかで、親子関係はずいぶん違うでしょう。


●医療者はなにも神様ではありません。感情がゆさぶれることはしばしばあるわけです。ですから患者さんに悪感情をもったりすることも当然ある。そういうことはあってもちっとも構わないですが、ただ長と名がつく人は、口に出さなくても表情やうなづきで同意したり逆に医療者を断罪してはいけないですね。ニコニコと聞いている。それは給料のうちだと思っていただきたい。


まだまだあるけど、ひとまずこれにて!

あー、もう1回読みたくなってきた!

投稿: 飼い主Y | 2007年10月13日 (土) 10時22分

★ 飼い主Yさん
>あー、もう1回読みたくなってきた!

その気持ち分かります。
ちょっと時々繰り返し読みたくなります。

同じ相づちでも、イントネーションや、声の調子で随分と相手に与える印象が変わりますよね。
思わず、フムフムと読んでしまいました。

相手の緊張感を取り除く
肩の力を抜くような
会話術・・・とっても参考になります。

素敵な本を教えてくださってありがとうございます!
私もいろんな人に薦めてしまいそうです。

投稿: SAKURA-MOCHI | 2007年10月14日 (日) 21時58分

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